大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成8年(ネ)2710号 判決

控訴人

山崎重幸

右訴訟代理人弁護士

村本武志

被控訴人

株式会社パシフィック・インターナショナル・アカデミー

右代表者代表取締役

坂野政孝

被控訴人

坂野政孝

中川修三

右三名訴訟代理人弁護士

岡島成俊

主文

一  原判決中、被控訴人株式会社パシフィック・インターナショナル・アカデミーに関する部分を次のとおり変更する。

1  被控訴人株式会社パシフィック・インターナショナル・アカデミーは、控訴人に対し、金四二一万五三二三円及びこれに対する平成六年八月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人の被控訴人株式会社パシフィック・インターナショナル・アカデミーに対するその余の請求を棄却する。

二  控訴人の被控訴人坂野政孝及び被控訴人中川修三に対する本件控訴をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、控訴人と被控訴人株式会社パシフィック・インターナショナル・アカデミーに関して生じた部分は第一、二審を通じこれを五分し、その三を同被控訴人の、その余を控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人坂野政孝及び被控訴人中川修三に関して生じた部分は第一、二審を通じすべて控訴人の負担とする。

四  この判決の主文一項1は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは、控訴人に対し、各自、金七〇四万二二〇六円及びこれに対する被控訴人株式会社パシフィック・インターナショナル・アカデミー(以下「被控訴人会社」という。)につき平成六年八月一一日から、被控訴人坂野政孝(以下「被控訴人坂野」という。)につき同年九月四日から、被控訴人中川修三(以下「被控訴人中川」という。)につき同年一〇月一日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

被控訴人会社は、日本人向けにカナダ国において航空免許取得のための教習を実施する会社である。被控訴人坂野は被控訴人会社の代表取締役であり、被控訴人中川は被控訴人会社の実質的経営者である。

控訴人は、被控訴人会社が実施した右教習に参加した者である。

2  入学契約

(一) 控訴人は、ヘリコプターの操縦免許(以下「本件免許」という。)を取得するため、平成四年九月九日、被控訴人会社との間で、飛行操縦訓練校入学契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(二) 被控訴人会社は、本件契約締結に当たり、控訴人に対し、後記の教習費等の代金だけで、かつ六か月の期間内に六〇時間程度の飛行訓練を受けることで本件免許を取得でき、仮に本件免許の取得に六か月以上の期間を要し、補充の飛行訓練が必要になってもその費用の負担をしなくてよく、また、英語ができなくても本件免許取得は大丈夫であり、免許さえ取得できれば、被控訴人会社が就職の斡旋を行う旨説明した。

(三) 控訴人は、被控訴人会社に対し、教習費等として左記金員を支払った。

(1) 同年九月九日に申込金として

五万円

(2) 同月一七日に入学金として

二〇万円

(3) 同月二一日に授業料の一部として 三五〇万円

(4) 同年一〇月二〇日に

一万八〇〇〇円

(5) 同年一一月二七日に授業料残金として 二〇〇万円

(6) 平成五年三月二二日に英会話料として 一万円

3  控訴人の教習及びその中止

(一) 控訴人は、平成五年四月一七日、日本を出国し、同月二六日からカナダ国の被控訴人会社提携のチヌーク校で本件免許取得のための教習を開始した。

その教習内容は、週三日(月、火、木)午後六時三〇分から午後九時までグランドスクール(座学)、日曜日を除く毎日、一時間半ほどの飛行訓練であった。

(二) 控訴人は、教習開始後一か月も経過しない五月一六日ころ、チヌーク校の教官から今後かなりの時間の超過飛行訓練が必要であり、そのための追加費用がかかると説明され、さらに、同年七月一四日、教習費が不足するに至ったと告げられたが、追加の費用を準備できなかったため、やむなく同年八月半ばころ、教習を中止して帰国せざるを得なくなった。

(三) 控訴人は、帰国後、被控訴人会社から教習費の不足分を請求され、左記金員を支払った。

(1) 同年八月一九日に追加の教習費として 六四万〇九七七円

(2) 同月二一日にその消費税及び手数料として 二万三二二九円

4  被控訴人会社の責任

(一) 説明義務違反

被控訴人会社は、教習参加者の中には、航空免許取得のための教習期間が長期化し、そのために多額の追加費用が必要になる事態がしばしばあった事実を把握しているはずであるから、本件契約に当たり、控訴人が不測の負担を余儀なくされたり、右負担のために免許取得の断念を余儀無くされることのないように、事前にその旨の説明をする義務が本件契約上課されているというべきである。

ところが、被控訴人会社は、前記2(二)(三)記載の期間及び金額の範囲内で容易に本件免許を取得でき、追加の費用は要しない旨の説明を控訴人に対してしたものであり、これは、右説明義務に違反し、教習に参加しようとする者の判断を惑わす違法な行為というべきである。

(二) 誠実訓練義務違反

被控訴人会社は、本件契約に基づき、控訴人に対し、本件免許の取得に必要な飛行技術の習得のための教習を適切かつ誠実に行うべき義務を負担しており、教習期間や費用が不必要に長期化、多額化するような内容や方法による教習を自ら又はその提携校が行った場合には、右義務に違反する。

被控訴人会社は、控訴人に対し、六か月の教習期間、六〇時間の飛行訓練で本件免許が取得できると説明しているにもかかわらず、教習開始後短期間のうちに飛行訓練時間及びその費用の超過を示唆し、僅か三か月足らずで追加費用の請求をするに至っているが、これは、被控訴人会社が、控訴人に対して本件免許の取得に必要な飛行技術などの習得のための教習を適切かつ誠実に行うべき義務を怠り、飛行訓練費用が不必要に多額化するような内容や方法による教習を行ったことによるものといわざるを得ない。

(三) 被控訴人会社の前記のような義務違反は、本件契約の債務不履行に該当し、また不法行為を構成する。

5  被控訴人坂野の責任

被控訴人坂野は、被控訴人会社の代表取締役として、控訴人に対し、教習期間が長期化したり、多額の追加費用が必要となる事態がしばしば起こることを説明し、また誠実に教習を行うべき職務上の義務があるところ、少なくとも重大な過失により右義務を怠ったというべきであるから、控訴人が受けた損害につき、商法二六六条の三により損害賠償義務を負うというべきである。

6  被控訴人中川の責任

被控訴人中川は、被控訴人会社の実質的経営者であるところ、被控訴人会社をして控訴人に対し、不当な説明勧誘を行わしめ、かつ不適切な教習を実施させたものであるから、民法七〇九条により、控訴人が受けた損害を賠償する責任がある。

7  損害

(一) 教習費等

六四四万二二〇六円

控訴人は、被控訴人会社に対し、本件免許を取得するための学費等として合計六四四万二二〇六円を支払ったにもかかわらず、教習期間半ばで学費不足を来し、本件免許の取得の断念を余儀無くされた。したがって、右教習費等相当額は、控訴人の損害というべきである。

(二) 弁護士費用 六〇万円

8  結論

よって、控訴人は、被控訴人ら各自に対し、不法行為又は債務不履行に基づき、右損害合計七〇四万二二〇六円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1中、被控訴人中川が被控訴人会社の実質的経営者であることは否認し、その余は認める。

2  同2中、(一)及び(三)は認め、(二)は否認する。

3  同3のうち、(一)は認め、(二)は認めるが、主張のような説明があった時期は教習の開始の約三か月後であり、同(三)中、(1)は否認し、その余は認める。

4  同4は否認する。

(一) 本件契約についての契約書(乙一)三章二条に規定されているとおり、カナダ国における本件免許取得に必要な最低飛行訓練時間は四五時間であるが、控訴人の訓練時間としては六〇時間を設定しており、その時間を超えて飛行訓練を要する事態になったときの追加料金は提携校規定により控訴人負担の完全現地清算とするものとされており、控訴人は、これを承認のうえ本件契約を締結したものである。

(二) 提携校であるチヌーク校の控訴人に対する教習は、他の教習参加者に対するのと同様、誠実、適正であった。控訴人の実技も相当程度進歩していたが、控訴人が所定の飛行訓練時間で足りなかったのは、控訴人自身の適性にも、また、努力にも欠ける点があったためであり、さらには、控訴人が基本的な失敗を繰り返して、担当教官の心証を著しく害し、超過の飛行訓練を課されたためでもある。

5  同5は否認する。

6  同6は否認する。

7  同7は争う。

第三  証拠

原審及び当審記録中の各証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当事者、本件契約、控訴人の教習及びその中止について

請求原因1の事実(但し被控訴人中川が被控訴人会社の実質的経営者であることを除く。)、同2の事実(但し(二)の事実は除く。)、同3の事実(但し(二)中その説明の時期及び同(三)中(1)の事実は除く。)は当事者間に争いがなく、右事実に甲第三ないし第一二号証、第一五号証、第一七号証、第一八号証の一ないし七一、第二二号ないし第二四号証、第二七ないし第三二号証、検甲第一、第二号証、乙第一ないし第四号証、第六号証の一、二、原審証人大崎達也、当審証人矢間和一の各証言、原審における控訴人及び被控訴人中川の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  被控訴人会社は、日本人向けに海外において主としてヘリコプターの免許取得のために教習を実施する会社であるが、その他に不動産の売買等も営業内容としていた。

2  控訴人は、昭和五八年三月に工業高校を卒業後、鉄工関係の会社に入社し、旋盤の操作などの業務に従事していたが、平成三年ころから葬儀関係の仕事に従事していた。それまでに、控訴人は、バイク、普通自動車、フォークリフト及び大型二輪の各免許を取得したが、その取得に格別苦労したことはなかった。

3  控訴人は、ヘリコプター操縦士に関心を持っていたところ、平成四年八月下旬ころ、被控訴人会社を知って、被控訴人会社に赴き、同会社社員大崎達也(以下「大崎」という。)から本件免許取得についての説明を受けた。大崎は、控訴人に対し、パンフレット(甲三、六ないし八)を渡し、カナダ国での本件免許の取得が日本国内でのそれと較べて格段に容易で、教習の費用も少なくて済むこと、ビザは六か月であり、だいたい三か月ないし六か月程度で本件免許は取得でき、英語ができなくても大丈夫であること等を説明し、右期間で本件免許を取得する場合の教習費用は右費用の支払のための提携ローンについても説明した。

なお、右パンフレットは、被控訴人会社の前身ともいうべき太平洋学院株式会社(同会社の代表取締役は被控訴人中川で、被控訴人会社と同様の事業を営んでいたが、平成三年一〇月一七日破産宣告を受けたことから、被控訴人中川の息子である被控訴人坂野が代表者になって被控訴人会社が設立され、右太平洋学院の業務を引き継いだものである。以下同社を「太平洋学院」という。)のパンフレットとして作成されたものであるが、被控訴人会社が当時も事務所に備え置いていたもので、甲三には留学先、使用訓練機等の、甲六には理想的訓練スケジュールとその費用の、甲七にはコース別料金等の、甲八には対比としての国内における教習期間及び費用等の説明が記載されているところ、甲三中には「食費・生活費以外の費用一切追加費用の必要無し」、「追加費用一切必要無しのパック料金」との記載があって、右記載部分にはオレンジ色のマーカーでラインが引かれ、特に目立つようにされていた。

4  控訴人は、大崎の前記説明や大崎から渡された右パンフレット等をもとにその後一週間程度熟慮した上で、自家用、回転翼(ピストン+タービン)のコースを申し込むこととしたが、その際、右パンフレットの記載から所定の五六〇万円のコース料金を支払った場合、教習スケジュールに記載された期間で本件免許が取得できず、追加の教習が必要になっても、食費以外には追加費用が不要であると信じていた。そして、控訴人は、蓄えがなかったことから、母親から四〇〇万円を借り、被控訴人会社提携の株式会社オリエントコーポレーションのローンの利用により二〇〇万円を調達して右費用に充てることとし、その事情を大崎にも話した。

5  控訴人は、平成四年九月九日、被控訴人会社に赴き、申込金五万円を支払って、本件契約を締結し、その契約書の写(甲一二)を受け取ったが、事前に大崎から説明を受け、前記のパンフレットを渡されていたことから、注意を払ってその内容を読むようなことはなく、三章二条の控訴人が訓練時間六〇時間の設定を超えて訓練をする事態になったときの追加料金は、提携校規定により控訴人の負担の完全現地清算とするものとの記載に気付かなかったので、この点について、被控訴人会社に質問するようなことはしておらず、大崎ら被控訴人会社の担当者も控訴人に対してこの点の説明をしていない。

6  控訴人は、同年九月中旬ころ、カナダ国で教習を受け始める時期を平成五年四月ころと決め、平成四年一一月までに所定のコース料金を支払い終えた。教習を受け始めるまでの間、控訴人は、週一回近所の公民館で開催されていた英会話同好会で英会話の勉強を続け、その他に被控訴人会社を通じて被控訴人中川の立会のもとに外人講師による英会話のレッスンを一回受けた。控訴人は、平成五年四月一七日、日本を出発し、同日中にカナダ国に到着し、同月一九日から同年八月九日まで被控訴人会社の提携校である訓練校チヌーク・ヘリコプターで教習を受けた。同校には、オーナーのラリーと数名の教官及び整備士等がおり、生徒は日本人が控訴人のみで他に日本人以外の生徒が三、四人いた。なお、バンクーバー市内に居住するジョー和田(以下「和田」という。)という人物が被控訴人会社の地域代表者ないしは代理人となっていた。

7  控訴人のチヌーク校における教習の内容は、ほぼ次のとおりであった。

(一)  週三日、午後六時三〇分から九時間までは学科教習が行われた。その中には五〇問程度の択一式の模擬試験問題を解くこともあった。

(二)  飛行訓練については、同年四月二六日から行われた。飛行訓練の内容が記載されている文書(甲一七)には三〇の課程があったが、必ずしもその順番どおりには進められなかった。控訴人の飛行訓練を指導した教官はディック一人であった。控訴人は、最初運行前点検の仕方を教わり、次に教官と同乗し、教官から見本を一、二回見せられてそれを真似る形で進められたが、訓練終了後問題点を指摘されたり、助言されるようなことは少なかった。控訴人は他の外人の生徒と較べて、同じ過程の繰り返しが多く、飛行訓練が過密な割りに先の課程に進めなかった。控訴人は、課程5の上昇と下降、6の方向転換を一〇回も繰り返させられたことについては訓練時間の空費と感じたが、英語力の不足もあってそのことを教官に告げることなく、その指示どおりに飛行訓練を続けていたものの、他の生徒の数倍の飛行訓練を要していたことから、所定の訓練時間を大幅に超過するのではないかと心配をするようになった。

(三)  同年五月二日から同月一三日まで飛行訓練が一時中断されたが、それは控訴人の英語力の不足が理由であった。それに対してラリーから航空無線傍受のトランシーバーを一日中聞くように指示され、控訴人はその指示どおりにした。なお、控訴人のホームステイ先は個人宅で、他の学生等はおらず、家人が不在であったり忙しかったりして会話の時間をほとんど持つことができず、教官と必要な点だけを英語で会話するだけで、なかなか英会話は向上しなかった。

(四)  控訴人は、同年五、六月ころ、教官の同乗なしでの離着陸の飛行訓練を終えて学校に帰ろうとした際に、無線機が故障し、そのような場合の対処方法を教えてもらっていなかったため、管制官の着陸許可を得ないでヘリコプターを操縦して滑走路を横断し、学校の近くに着陸した。これは違反として記録にも残り、控訴人は、教官達から強く咎められた。右違反により、控訴人は、同じ飛行訓練を繰り返すように指示され、課程もなかなか前に進まなかった。ただ、右違反は一度だけで、繰り返されることはなく、控訴人やチヌーク校関係者が処分を受けるようなこともなかった。

(五)  チヌーク校主任インストラクターのリチャードJウッドは、和田に対し、控訴人にはヘリコプターの飛行について大きな困難があり、通常の学生であれば六ないし八時間で達成できるレベルにしか到達しておらず、二〇時間の飛行訓練時間超過となっており、控訴人が本件免許を取得するには一二五時間から一五〇時間ほど要すると思われる旨記載した同年五月三一日付の手紙(甲二九)を送付し、さらに、控訴人の飛行訓練がちょうど六〇時間に達した時点でも、控訴人は進展を見せているものの非常に遅いペースであり、管制塔との連絡に関する英語の理解と使用は非常に良好であるが、現在の控訴人のレベルは平均的学生の三〇時間程度のレベルにあると思われ、コースを終了するためにまだ一五〇時間程度が必要である旨記載した手紙(甲三〇)を送付している。そして、控訴人も、和田から、飛行訓練がかなり超過する見込みであるとのチヌーク校からの連絡が入ったことを聞かされ、その後、オーナーや教官等から「まだ続けるのか。続けるなら追加料金が必要だが用意できるか。」などと言われるようになった。これに対し、控訴人は、所定の時間を経過しても追加料金が不要であるはずと思っていたが、同人らにその旨説明できず、また、超過時間があまりに大幅で、被控訴人会社が実際に追加費用を負担してくれるかどうか不安であったことに加え、絶対に本件免許を取得して帰らなければならないと思っていたこともあって、その金策に思い悩むようになった。

控訴人は、和田の計らいにより、同年六月五日、バンクーバーを訪れた被控訴人中川と今後の対策について相談することができたが、その際も、控訴人は、被控訴人中川に対し、飛行訓練が超過しても追加費用はいらないはずであるなどと苦情を述べるようなことはしないで、被控訴人会社を通じての金策を以来し、了承を得た。

(六)  その後の控訴人の飛行訓練も従前と同様で、同じ過程の訓練の繰り返しが続き、他方、オーナーから「少しでもいいから支払ってくれ。」と催促されたので、同年七月二八日に手持金の一〇〇〇カナダドルをチヌーク校に支払った。同年八月に入っても被控訴人会社からの送金がなかったため、控訴人は、飛行訓練を中断してもらうとともに、和田を通じて被控訴人会社に送金を依頼したが、被控訴人会社は貸しても返済できないであろうからすぐに帰った方がよいとの意向であると聞き、帰国することとし、チヌーク校には、帰国後、超過した教習の費用を送金して支払うと約束し、その了承を得て、同月一三日、帰国した。

なお、チヌーク校には、被控訴人会社からの控訴人の飛行訓練内容についての照会に対し、控訴人の英語力が弱いうえ、操縦の上達も普通の生徒よりも極端に遅く、飛行禁止区域を再三にわたり飛行するなどの学校基準に従わない行為があったため、普通の飛行訓練時間よりも超過し、あと七〇ないし八〇時間の飛行訓練が必要と決定したが、これに対し、控訴人が強く希望して帰国した旨の回答をしている。

(七)  控訴人は、前記のとおり超過した教習の費用の支払はしなくてよいと考えていたが、超過時間が大幅であるうえ、チヌーク校に約束したこともあって、被控訴人会社に対して苦情を申し述べることもなく、被控訴人会社を通じ、チヌーク校に対する超過教習費用六四万〇九七七円(七一四四カナダドル相当分)及びその消費税分相当額を支払うことにし、右金員を被控訴人会社に交付した。

結局、控訴人は、同年四月二六日から同年八月五日までの間に合計七一回一〇〇時間余の飛行訓練を受けたが、追加教習費用を支払うことができなかったため、本件免許の取得を断念して帰国せざるを得なくなり、既に支払った費用が無駄になった。

(八)  被控訴人会社は、本件のような教習において、日本人生徒とインストラクターとの会話能力(英語)が重要であると考え、チヌーク校に対し、その教習内容につき、一日目から三〇日目までは英語と雑学の勉強、三一日目から六〇日目までの間に二〇時間、セスナ機による飛行経験と英語による無線交信等で英会話の勉強をさせ、六一日目以降に、ヘリコプターによる実技の教習(ピストン五五時間、タービン五時間)をさせるよう希望するに至った(乙六の二)。

なお、控訴人は、大崎から、所定の飛行訓練時間で本件免許が取得できず、追加の飛行訓練が必要になり、そのための追加費用が必要になったとしてもその費用はコース料金に含まれているから生徒は負担しなくてよいと説明された旨主張し、甲二二の記載及び原審における控訴人本人尋問の結果中には右主張にそう部分がある。しかし、原審証人大崎達也及び当審証人矢間和一の各証言によると、大崎は、被控訴人会社の前身ともいうべき太平洋学院との間で本件契約と同様の契約を締結し、インターナショナルヘリフライトで教習を受け、矢間は、被控訴人会社との間で本件契約と同様の契約を締結し、チヌーク校において教習を受け、それぞれ本件免許を取得したが、それぞれ所定の教習時間を超過し、追加の料金を支払ったこと、両人とも追加費用が不要であるなどとの説明を受けたことはないことが認められ、右事実に本件契約(甲一二、乙一)の三章二条の記載に照らすと、大崎又は被控訴人会社の関係者が追加の教習が必要になっても、追加の費用を負担する必要はない旨の説明をしたとまでは認めがたい。

二  被控訴人会社の責任について

前記認定事実によれば、大崎は、控訴人に対し、本件契約について説明をする際に、追加費用が不要、完全パック料金等の記載があり、右記載部分にマーカーで線を引いて際立たせるようにしたパンフレットを交付し、かつ、控訴人はローンを利用する予定で資金的に余裕がなく、多額の追加費用を必要とする場合はその支払ができないために本件免許の取得を中途で断せざるを得なくなるという事態が生じることも控訴人の説明等から十分に予想できたにもかかわらず、追加費用の支払が必要な場合もあることを説明せず、そのために控訴人に追加費用が不要であると誤解させたものであり、控訴人にも落ち度はあるものの、説明義務があったといわざるを得ない。

なお、控訴人は、六か月の教習期間と六〇時間程度の飛行訓練を受ければ、本件免許を取得できるとの説明は、その期間及び時間では本件免許を取得できない事態がしばしば生じているから、説明義務に違反する旨主張するが、乙第五号証、前記の大崎、矢間の各証言によると、右期間及び時間を超過している者もあるが、その程度はさほどおおきくはないことが認められるうえ、右の点の大崎の勧誘も断定的発言ではなく、標準的な者についてのおよその見込みを述べたのにすぎないとみるのが相当であるから、右の大崎の勧誘が説明義務違反にあたるとまではいえない。

また、前記認定事実によると、被控訴人会社は、控訴人との間で、控訴人に本件免許を取得させるため、控訴人に高額の教習費等を支払わせる本件契約を締結したのであるから、控訴人に対し、本件免許の取得に必要な教習を自らないしはカナダの提携校を通じて適切かつ誠実に行うべき義務を負担しており、教習期間や費用が不必要に長期化、多額化するような内容や方法による教習を行った場合には右義務に違反するものと解される。

しかるに、控訴人は、チヌーク校において、同じ課程の飛行訓練の繰り返しを指示され、短期間のうちの予定された飛行訓練時間の大半を消化してしまったにもかかわらず、追加費用を用意するように指示されたものであって、このことはチヌーク校から和田への手紙及び控訴人の和田及び被控訴人中川に対する相談により被控訴人会社も知り得たはずであるのに、被控訴人会社が飛行訓練時間や費用が不必要に長期化、多額化するような内容や方法による教習をしないような対策をチヌーク校に対して講じたことを認めることはできない。そして、チヌーク校は、控訴人が、本件教習を中断した当時、まだ七〇ないし八〇時間程度の飛行訓練時間が必要であると考えていたというのであるから、多くの免許を取得しており、能力的に異常に劣っているとも考えられない控訴人について、通常の場合の全飛行訓練時間である六〇時間をはるかに超える追加飛行訓練時間が必要であるとするチヌーク校の教習方法には、特段の事情のないかぎり問題があるというべきであり、右特段の事情があると認められないから、被控訴人会社には控訴人の教習を適切かつ誠実に行うべき義務に違反したといわざるを得ない。

もっとも、控訴人の飛行訓練が長期化した原因として、チヌーク校は、控訴人が英語力が弱いうえ、操縦の上達も普通の生徒よりも極端に遅く飛行禁止区域を再三にわたり飛行するなどの学校基準に従わない行為があったためであると指摘することは前記認定のとおりであるが、右指摘も、一度の無許可での滑走路横断と英会話力の不足以外には具体的に認めるに足りる証拠はないうえ、英会話能力については、中断の直前ころには、管制塔との連絡に関する英語の理解と使用は非常に良好であると評価されているのであるから、英会話能力がつき、効率的な訓練ができるようになる前に予定された飛行訓練時間を消化してしまうという結果を生じたチヌーク校の教習方法にも問題があったというべきであって、右指摘はただちの全面的には採用しがたく、右の事情が特段の事情に該当するとまではいえない。

したがって、被控訴人会社は、控訴人に対する勧誘等に際し、説明義務違反があり、また適切かつ誠実に教習を行うべき義務に違反したというべきであるから、右債務不履行又は不法行為によって控訴人が被った損害について賠償責任を免れない。

三  被控訴人坂野の責任について

被控訴人坂野が被控訴人会社の代表取締役であることは前記認定のとおりであるが、前記認定のように大崎ら被控訴人会社の担当者が追加費用無しと記載したパンフレットを交付したり、追加費用が必要になることもある旨の説明をしなかったこと及び誠実訓練義務を怠ったことにつき、被控訴人坂野が具体的にどのように関与していたかを認め得る証拠も、そのことを知り又は知りうべきであったことを認め得る証拠もなく、したがって、同被控訴人が故意または重大な過失により、職務上の義務を怠って控訴人に損害を負わせたということはできない。

四  被控訴人中川の責任について

被控訴人中川の原審における本人尋問の結果によると、被控訴人中川は、被控訴人会社の設立に当たり出資をしており、同会社のオーナーなどと呼ばれていたことは認められるが、右事実のみで被控訴人中川が故意又は過失により前記認定の不当な勧誘をさせたり、不当な教習を実施させたと推認することはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、被控訴人中川には、控訴人主張の責任はないといわざるを得ない。

五  損害について

控訴人が、平成五年三月二二日までに本件免許を取得するための教習費等として合計五七七万八〇〇〇円を支払ったこと及び帰国後授業料の不足分として二万三二二九円を支払ったことは当事者間に争いがなく、甲第一三号証の八、第二二号証、原審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人が追加飛行訓練料として六四万〇九七七円を支払ったことを認めることができる。

控訴人は、被控訴人会社に対し、本件免許を取得するために右教習費等を支払ったものであるが、教習期間が長期化等したため、本件免許の取得の断念を余儀なくされ、右教習費等が無駄になったことは前記認定のとおりであるから、右教習費等の合計相当額六四四万二二〇六円は、控訴人が被った損害というべきである。

六  過失相殺について

被控訴人会社は過失相殺の主張をしないが、公平の原理により職権により斟酌すべきところ、前記認定事実によれば、控訴人の飛行訓練時間の超過及びこれによる本件免許取得の断念には、控訴人の英会話能力やその他の一般能力の不足及び無許可での滑走路横断飛行が関係しているものと認められ、この点に本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、右損害額から四割を減じた額をもって賠償を求めうる額とするのが相当であり、右損害額の四割を減じた額は三八六万五三二三円となる。

七  弁護士費用

本件事案の内容、訴訟の経過、認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件と相当因果関係のある弁護士費用は三五万円とみるのが相当である。

八  以上の次第で、控訴人の本訴請求は、被控訴人会社に対し、損害金四二一万五三二三円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年八月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、被控訴人会社に対するその余の請求並びに被控訴人坂野及び同中川に対する各請求はいずれも理由がないから棄却すべきであり、原判決中、これと異なる被控訴人会社に関する部分は右のとおり変更し、同旨の被控訴人坂野及び同中川に関する部分の控訴はいずれも棄却することとし、訴訟費用につき、民訴法六七条一、二項、六四条、六一条、仮執行の宣言につき同法二五九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 笠井昇 裁判官 横田勝年 裁判官 岡原剛)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例